2014年5月9日金曜日

cafeハンモックトライブ改装DAYS vol.2 搬入できるかな?


さぁ千葉から木材をGET!
下北沢まで無事帰還。





ドライブの間、頭をよぎりながら、考えないことにしていたこと

「はたしてこの流木を店内にいれれるのか?」



入り口のドアか?MAXで半分しか開かんスライド式の窓か?

どっちかというと入り口のドアやが、
どうみても無理なサイズ。。。。


ドアから入ってしまえば、店内では余裕なだけに、
この段階で流木を切りたくない!


とりあえずトライ!!




「そっちあげて〜!」
「回して〜!」
「ストップ!ストップ〜!!」

昔やった引っ越しのバイトがフラッシュバック。











入った〜!!!!




多分あとちょっと大きいだけで、枝ぶりが違うだけで不可能やった。




あとは、サイプレス!

ちょうどバッチリなタイミングで、ビルの外装工事があって、
足場が組み立てられてたから窓から搬入!

足場なかったらサイプレスも入れるのめっちゃ大変やったわ。
いや〜これまたラッキー


 

搬入に人手が欲しいと思って電話したら、そっこー駆けつけてくれたダイナ。
こっから何かと協力してもらうことに。




 


店の片隅にどんどん積んでいく!



















積み降ろしが終わるころには暗くなってきて、
 「お疲れ様」ってことで、メシを食いにいこうと。


選んだのは、改装する前にもう一回いこうと思ってた
三茶の「MOSS」





















なんてったって入り口のドアがコレ!
 アメリカンスピリットの自販機がやからね!

きっといいインスピもらえるやろうと、改めて店内を見学。







































がっつり覗きこんで構造チェック。
見てもあんま分からんから、 直接作り方聞いてみた。



























料理の盛り付けも改めて意識しちゃうね。




この搬入で、
「とにかくやってみるもんや!」という信念の確立と、
「やっぱ自分はラッキーや!」っていう確信がまた加わる。



記念写真。




続く















2014年5月8日木曜日

cafeハンモックトライブ改装DAYS vol.1 千葉で木材GET!!


 今となっては「ハンモックトライブ」が「またたび」だったことを
知らずに来てる人がほとんど。

「諸国漫遊酒場またたび」 という名で2010年末から3年半ほど営業した後、
2013年6月から改装をはじめ、たくさんの友達に手伝ってもらい
約2ヶ月かけて「cafeハンモックトライブ」として8月8日にOPEN。
 
あっという間に1年が経ちそうな中、いまさら感もあるが、
色んな写真を埋もれさすのはもったいないので、
どんな感じで改装していったかをブログにUPしていきます! 


懐かしい!改装前「またたび」の写真。



当初からすれば、 ちょっとずつ改装したものの、
契約前の店の名残が、がっつり残る内装(居抜きってやつ)。

せっかく毎日過ごす店だし、単純に好きな空間にしたかった。

全くお金がなく「またたび」をはじめたもんで、
営業しながらお金を貯めようという目論見やったが、
借金を返し、 あったらあった分使って日々を楽しみ、
改装しないまま時間だけが過ぎていってた。




色んな店や空間を見てきて、自分の頭の中にあったイメージ。

仲間に最高にカッコイイ空間をつくる職人さんたちがいるが、
自分はお金をだして、知らんまにどんどん進んでるってのより、
出来るだけ自分の手で創りたかった。

建築士とかにも頼まず、イラストも描けない中、
創りながら考えよう !というスタイルで
一緒にやってくれる大工さんも決まり、
ようやくスタートできることに。




とはいえ、金がない。
手元にあるお金は、どう計算しても、改装している間の家賃で精一杯。
いや、それすら危うい。

そんな中、千葉で木材がもらえるという情報が!!

どんな材なのか?どれだけもらえるのか?どれ位使うのか?
分からんことだらけやったけど、もらえるならもらおう。



トラックを借りて、千葉まで出発!


















運転手はまたたびの常連さんで、
イベントの時など手伝ってくれてたあいちゃん。

野外フェスの企画やらフード出店の仕事やらしてた経験から、
でかいトラックの運転もお手の物!
 (自分はこの時一発免許に挑戦中!)



















途中、味のある定食屋で昼ごはんを食べて



















目的地に到着!!

























めちゃくちゃ使い勝手がよさそうな材!!

ウッドデッキとかに使うサイプレスという木。
 B級品ということだが、十分使える!!
 ありがたい!!




ユニックを操作してるのがりゅう
今回の改装をメインでやってくれる大工さん。




帰り道、海岸沿いを走って「流木探し」

酒棚の柱として大きい流木が欲しい!
小さい流木は装飾に使える!

ビーチがある度に、車を降りて覗きにいくが、、、


全くいいのがない。

大きい流木は諦め、ビーチを歩き小さい流木を集めていると










あった〜〜〜!!



2tになんとか載せれるサイズ。



今思っても、こいつを初日に発見したのはラッキーやったなぁ。



長くなるんで、ちょこちょこ更新していきます!











2014年4月1日火曜日

離婚しました!!



















2008年3月30日、沖縄の山奥BEACHROCKVILLAGEで
これでもかっていうぐらい手作りの結婚式をあげてから、今日で6年。

出逢って付き合ってからだと7年ちょっと。

いろんなことを共にして、嫌っていうほど喧嘩して、
ええことも悪いことも味わった、かけがえのない時間。

こじれた気持ちを修復するのに、お互いの感情がおいつかなくなることも多く、
何度もぶつかりながらも、落ち着いて離婚という結論をだした。 

離婚したという決断は、この先マイナスの面もあるだろうが、
「今お互いが幸せになるように」という中で、双方納得してのもの。 

離婚のことを知っている人もいるだろうけど、
ほとんどの人に全く話してないので、一旦こうやってお知らせします。


事実として、

・離婚届は受理され、戸籍上は他人。親権は麻由。
・戸籍で他人となろうが、とうてい他人とは思えない。
・どちらにも次の相手がいるわけではない
・結婚してほんとうによかったと思っている 
・変わらず一緒に店をやっていく。


「まだ一緒に過ごすのに離婚??」となる人がいるのは分かるが、
ひとつひとつちゃんと説明するのはなかなか難しい。

俺ら双方のズレもあるだろうし、
聞き手との間でも、結婚や離婚に対する観念のズレもあるだろうから、
仮に聞いたところで理解するには難しいだろう。

そう単純じゃなかったから、こじれたながらも関係が続いてきて、
これからも続くわけやしね。 

「やけ酒を飲む!」とかっていう気分ではなく、
「皆この気持ちわかって!」とかってのもないんで、
無神経な意見や助言は勘弁してね。

今までと変わらず、一緒に店で働いて、
麻由が料理をつくり、のんのが動きまわってます。

これからだって3人で一緒に出かけることもあるでしょう。
どうせ喧嘩もするだろうし、一緒に笑いもするでしょう。

皆も今までと変わらず接してくれると嬉しいです。

何も変わってないようで、何か変わっていくでしょう。

とにかく今日も生きてます!




2013年7月12日金曜日

富岡町見学 / PEC福島TRIP ③(2013.7.7)


今回で、3回に渡ったPEC福島TRIPのレポートも完結。

前回の記事は、
 福島元気飲み会/ PEC福島TRIP① 2013.7.6  
 船で福島第一原発沖まで行ってきた / PEC福島TRIP② 2013.7.7  



久ノ浜港で下船し、船長ひろくん・藤田さん・遠藤さんが住んでいた富岡町に向かう。

富岡町は原発事故後、全域が警戒区域で入れんかったんやけど、
今年の3月に再編して、3つのエリアに別れたん。


























エリアごとの違いはこんな感じ。(上下どちらの画像も富岡町役場HPから転載)


























簡単にいうと「富岡町は宿泊は出来ず、入れるところと入れへんところがある」 ってことやね。


バスで向かう道路の脇には、除染した土をいれているだろう黒いトン袋が一面にある場所もいくら土を除いても保管場所が足らんのやろう。






























富岡町は、道路の部分はガレキ撤去があったものの、
震災から2年半たった今現在も、建物や車はそのままの状態だ。




























至るところにある車。






























流された家の2階部分。






























陥没したアスファルト。






























とみおか駅。海がすぐ近い。

この辺りは、海まで一望できる場所が多いが、
震災前は建物があり、ここまで多くはなかったとのこと。





























駅舎は丸々なくなったらしい。電柱が津波の強さを物語る。





























線路があった場所とは思えないぐらい草が生い茂っている。






























富岡第一小学校。校庭は除染されているようだ。





























小学校の門のすぐ手前の溝、写真で見えづらいが、7.53μSv/h 。
いくら校庭を除染しても、至る所にこういうスポットがある。





























津波の被害がなかったエリアは、一見普通の住宅地だが、
もちろん線量が高く、人は住んでいない。































帰宅困難区域のバリケード。
「15時までにゲートを出るように」という旨の町内放送が
電柱のスピーカーから流れていた。






























イノブタ(?)発見。
取り残された動物や野生動物がたくさんいるという話も更にリアルに。
ダチョウもいるらしい。
























藤田さんの自宅にあげてもらう。
 






















奥さんと一つ一つこだわってリフォームした愛着あるお宅の中で、
1部屋1部屋、丁寧に説明を受ける。
未だにローンは払い続けていかなければならない。





























家の庭では、22.4μSv/hなんていう箇所も。
 



























家を出た時、
 「元通りにして欲しい。それだけ。
ただ、それをどこに言ったらいいのか、、、」
 と藤田さんは言った。


少しでも現状を知ってほしいという思いで、いまだ癒えぬ傷口をさらけ出してくれ、
フラッシュバックすることもあるだろうに、生活していた場所に案内してくれ、
たくさん話をしてもらった3人の思いに応えるには、
自分の周りに伝えることからと思い、WEB上に写真のせることなど了承してもらいました。

もし自分の町に何かあった時、
たとえ自分が痛くとも、伝え動く人間であろう。
どんな時でも希望をもって、頼もしい父ちゃんでいよう。
と改めてココロに刻んだ。

ガイドしてくれたひろくん、藤田さん、遠藤さんありがとうございます!
参加した皆もありがとう!

希望者がいれば、また開催したいと思います!




































船で福島第一原発沖まで行ってきた / PEC福島TRIP② 2013.7.7


PEC福島TRIP2日目は、
「船で原発沖にいく」
「富岡町見学」

原発沖にいけるのは、もちろん初めて。めちゃくちゃレアな体験や!
富岡町は去年12月にちょろっといったきり。
あれから半年以上経つ、どうなっているのか?



7月7日、朝6時発のいわき行きのバスに乗るため、
寝不足、二日酔いの皆が集合!

そんな中、一向に到着しない歩さん。
携帯は電源入ってないし、ホテルにもおらんし、
打つ手なしで、結局歩さんなしで行くことに。




















ほぼ貸切のバスの車内で全員爆睡。
気がついたらいわき駅前。

こっからはマイクロバスで移動!



















マイクロバスの運転は、富岡町出身の遠藤さん。

以前は富岡町でホテルをやられていたが震災の被害をうけ、
現在は新たに会社をつくり、お弁当・仕出し料理をされているそう。 
ちなみこのマイクロバスは、ホテルのお客さんの送迎用で使われていたもの。

遠藤さんのリアルなトークで、眠気も酔いも一気に吹っ飛ぶ。












福島の町名聞いても、場所分からん人おると思うから、地図をどうぞ。

国内で3番目に面積広いらしい福島は、(ちなみに1位は北海道、2位は岩手)
浜通り、中通り、会津の3つのエリアに別れてる。



























太平洋側の浜通りを拡大したのがコレ。


























今回船にのるのが、いわき市の北にある久之浜港
大熊町にある福島第 一原発まで30キロ圏内の港。
富岡町に第二原発。
広野町に火力発電所がある。


港に向かって走っていると、草の生えた土地に建物の基礎部分が。
津波の被害を受けた場所だと一目で分かる。




















久之浜漁港につくと、新たに案内役として藤田さんも合流。

藤田さんと遠藤さんは、今までに何度も案内をされているということで、
話が具体的で分かりやすく、芯のある人柄が伝わる。
 




















今回 乗船する釣り船「長栄丸」
原発沖までいくことは、海上保安庁にきちんと伝えてあるとのこと。



































キャップをかぶっているのが、船長のひろくん。

去年の12月と今年の3月にやった「福島元気祭」っていう除染ボランティア活動で知り合った縁で、現在試験操業しか出来ない福島の海で、船にのせてもらえることになった。

震災時ひろくんは、船にのり沖に出て津波にのまれていく町を眺めていた。
陸にいた当時1歳半の愛娘を失い、いまだ見つかっていない。

たくさんの悲しみを背負っているだろうに、俺たちに笑顔で接してくれる。

俺たちがやった除染ボランティアって意味がないとか言われたり、やる必要ないと思う人もおるやろうけど、こういったひろくんのような人も参加して認めてくれてることってのがひとつのやる意味の証明でもあると思う。



















皆で船に乗り込み、ガイガーカウンターで空間線量をチェック。
放射性物質は水より重く沈むから、海上の線量は高くないとのこと。


















船がはしりだし、間もなくすると、広野火力発電所が見えてきた。


















原発もそうやし、ここも東京電力のもの。
関東の皆、マジで福島に世話になっとるで!

ここの一番新しい5号機の燃料は「石炭」なん。
だいぶ前に「石油を使わず石炭でいこう!」ってことで、
新規の火力発電所を石油メインで作るんは禁止になってたみたい。

「石炭」って、炭鉱の閉山とかのイメージから、もうそんなに使われてないと思ってた。
ほんま知らんことだらけやわ。




発電所に近づくにつれ思ったこと。

埋立地につくったらしいが、低すぎへんか?
こんなんやったら、 大きい津波来たらやられるやん。











そのまま航海。

写真は、ガレキの仮置き場?
このあと、いくつか見かけた。
遠目でわからんかったけど、頑丈なんかな?

潮が満ちたら、結構近いとこまでいきそう。
石巻の地盤沈下とか味わったから、より感じてしまうんかな?






























広野火力発電所から北へ9kmほど行くと、
福島第2原発が見えてきた。

このあたりは、0,023μSv/h。
東京と変わらん数値やね。



海から見た福島第2原発。

左の高い建物が原子炉。
その手前が、色々コントロールしたりするとこ
非常用ディーゼル発電機とか入ってるとこらしい。























これが爆発とかせずに済んだのは、なんとか電源が確保されてたからで、
非常用のディーゼル発電機も浸水で使えんくなったのもあったし、
ギリギリセーフっていうぐらいらしい。

東電のHP分かりやすかったで。 
福島第二原子力発電所はなぜ過酷事故を免れたのか


ここも海抜低いような、、、
こんだけ低いんなら、低い方がええことがあるんやろうな。
 


























船の上で、ひろくんと原発の地下水を海に流出することで、
地元漁師の賛成を求められているという話をした。

「漁師の意見がOKで、それでよしとするなら漁師の責任になる。
それはおかしいだろう!」というひろくん。

帰ってきた時、ちょうど、原発の地下水がニュースになっていた。


福島第1原発地下水セシウム濃度急上昇 東電「理由わからない」 フジテレビ系(FNN)

「5日に水を採取。セシウムの量は309ベクレル(1Lあたり)だったが、
8日に採取したところ、約90倍の2万7千ベクレルに増えていた
9日採取した地下水から、3万3千ベクレルの放射性セシウムを検出したが、
東電は「セシウムが3日間で上昇した理由や、海への影響はわからない」としているとのこと」


これは海側の地下水の話で、ひろくんと話していた建屋より山側の地下水ではないが、
まぁまだまだ東電も分からないことだらけで、こういうことも起こりうるなら
下手なことはせんで欲しいもんです。





走り始めて1時間程、第2原発から約10km北上。

ついにあの福島第一原子力発電所に!
船からの距離は2キロきってた。

いまも収束に向けて、多くの人が動いてくれているのだろう。
































ちなみに、この辺りの空間線量は、





















写真は左から4号機、3号機。
損傷により原子炉建屋の高さが違う。


























































帰る時も真剣に見つめる皆。それぞれ思うところがあるのだろう





















今回の感想でまずくるのが、「全部、海抜低いなぁ」てこと。
「近くまでいってもっとないんかい!」って言われそうやけど。

長いこと時間かけて収束さしていかなアカンやろうに、このままでええんかな?
日本のどこよりもまっさきに堤防いるんとちゃうんかな?
まぁでも賢い人たちが考えてるやろう。
いやその人たちを信用しすぎてたから、こういうことになったんやしなぁ。


今まで「原発のリスク・再稼働かどうか?」「放射能汚染とは?」ってとこに気がいきがちで、今ある原発のことはまだまだ考えれてなかった。

この福島TRIPから帰ってきてから、東京電力のHPを見たら、
結構分かりやすくまとめてて、参考になった。

よかったら見てみて。
<東電HP> 福島第一原子力発電所事故の経過と教訓


俺の頭じゃ、この情報が全部が真実かどうか分からんけど、
FacebookやTwitter上の「危ない!危ない!」ってだけじゃない情報があるかもよ。

ちなみに、俺が見た目で単純に気になった敷地の高さとかに関しては、
想定してた津波は最高6.1mやったらしい。


↓この画像は東電HPにあったもの













15mとか高い場合のも、ちゃんと試算してたけど、対策はせんかったらしい。

今は何mを最高とした対策をやってるんやろう?
まさか6.1のまんまかなぁ?
日本中の他の原発はどうなんかも気になってきた。
福島から帰ってきて、更に気になりだしたことを調べたりしてると、
どうしても更新に時間がかかってしまう。

長くなったんで、「富岡町見学」は次回に!